誰もがAIの話をしています―しかし、彼らの言うAIは全て同じ意味なのでしょうか?

2017年、AI(人工知能)はベンチャーキャピタルから120億ドルの投資を受けました。私たちはAIを応用したシステムの有用性に気が付き始めたばかりです。Amazonは最近、実店舗の食料品店を開店し、そこではレジを使って顧客の列に対応する代わりに、コンピュータビジョン、センサー、ディープラーニングで支払いを処理しています。「AI」という言葉は劇的なイノベーション、投資、プレス報道といった場面で、熱い流行語になっています。しかし、そもそもAIとはすでに存在しているのでしょうか?

世界経済フォーラムにおいて、台湾のベンチャーキャピタリストであり、Googleチャイナの創業者兼会長である李開復氏は次のように述べています。

「多くの起業家が自社をAI企業としてパッケージングしたいと考えており、あらゆるベンチャーキャピタルが『AI投資家』を自称したがります。」 さらに彼は、そうしたAIバブルの一部は2018年の終わりまでにははじける可能性があると述べ、次のような事態に言及しました。「嘘の話を作り上げるスタートアップには実現可能性がなく、ベンチャーキャピタルが彼らと比べて知識がないことに漬け込んで投資をさせています。」

しかし、李氏はAIが進歩し続け、労働者から多くの仕事を奪うことは間違いないとしています。では、あらゆる賛否両論の中で、正しい方向性のAIと架空の物語の違いは何でしょうか? AI がテーマとされているいくつかの話について分析すると、人々がそれを定義する際に大きな個人差があることが分かり、エミュレート(模倣)された知能と機械学習の応用の線引きがあいまいなものだと気が付くでしょう。

私はコンセンサスを得ようと多くのAI専門家と話しましたが、その疑問そのものが、さらに多くの疑問を生んでいきます。例えば、AIという用語の元々の定義に正確であるべき時とはいつでしょうか?そして、そうした定義へのこだわりが、必要以上に細かくなってしまう場面とはいつでしょうか?そうしたことは明確ではなく、誇大広告はしばしば微妙な意味の違いを見えなくします。さらに、現在そうした誇大広告への関心があることは間違いありません。正確に言えば、120億ドルを集めるほどの関心です。

対話もまた重要です。なぜなら、世界に名高い思想的リーダー達がAIによってもたらされる危険性を公の場でこれまで議論してきたからです。

FacebookのCEO マーク・ザッカーバーグ氏は、「そうした不吉なシナリオ」を集めようとしている否定論者は、悲観的で無責任だと発言しました。それに対してビジネスリーダーでOpenAIの共同創業者のイーロン・マスク氏は、Twitterで「ザッカーバーグ氏のAIについての理解はとても限定的だ」と反論しました。

イーロン・マスク氏は、2018年2月にもハーバード大学教授スティーブン・ピンカー氏と同様の意見交換をしています。その中で彼は、「ピンカー氏 は、機能的で精密なAIと一般的なAIの違いを理解していない」とツイートしました。

AIは人間と同じくらい賢い?

自然言語処理の専門家であるエリク・カンブリア氏はこう話しています。「今日AIに取り組んでいる人間など誰もいないのに、誰もがAIに取り組んでいると言います。なぜならその言葉がクールでセクシーなバズワードだからです。これは、数年前の『ビッグ・データ』と同じ状況です。」

AIは、当初は人間の知能の模倣を指す用語だったとカンブリア氏は言っています。「今日では、地球上でもっとも愚かな人間ほどの知性を持つAIすら存在しません。したがって、厳密に言えば、誰もAIに取り組んでなどいません。その理由は、私たちはまだ人間の脳の仕組みを知らないというシンプルな事実に基づくものです」と彼は述べます。

「AI」という用語は、データ分類のための強力なツールを指す言葉としてよく使われている、と彼は付け加えました。こういったツールはとても素晴らしいものですが、人間の認識力とは全く異なる領域です。さらに、カンブリア氏はニューラルネットワークを、AIにとってニューウェーブだと主張している人々がいることに気づきました。これは、50年前にすでに存在していたテクノロジーであり、彼にとっては不可思議に聞こえます。

しかし、今では技術者が自分で特徴抽出を行う必要はありません。また、より強力なコンピューティングパワーにアクセスすることもできるようになりました。これら全ての進歩は歓迎されるべきですが、機械が我々の認識過程の複雑さを模倣したと言ってしまうのはおそらく不誠実でしょう。

「企業は、知能があるように見える行動を作り出す小手先の技術に執心していますが、それは本物の知性ではなく、知性の鏡像にすぎません。これらは特定の領域では優れた専門性の高いシステムですが、それ以外の領域ではとても使い物にならないでしょう。」と彼は述べています。

この知性の模倣自体は、人々の想像力を掻き立てるものでした。そして、特定領域におけるシステムは、幅広い業界の中で価値を提供しています。しかし、そうした恩恵は、AIの混乱を払拭するにはまだ至ってません。

アシスト、拡張、自律

科学的な完全性においては、正確な定義の問題は軽視できないものです。1974年、カリフォルニア工科大学の卒業式の演説において、リチャード・ファインマン氏が次のように述べたことは有名です。「(徹底的な科学的良心を持つための)第一の原則は自分自身に対して嘘をつかないことです。」同じスピーチで、ファインマン氏は、「科学者として語っている時には、素人を欺むいてはならない」とも述べています。彼は、科学者は、一般の人々の認識のどこが間違っているのかを示すために全力を尽くすべきだと考えています。「もし、あなたが科学者としてその場にいるのであれば、自分が何をしているのか一般の人々に説明しなければなりません―それを聞いて、彼らがあなたを支持したくないと言うのであれば、その決断を尊重すべきです。」

AIの場合で言えば、プロの科学者達は次のように正確に述べる必要があります。自分たちは、論争の的であり、有益かつ危険でもある非常に強力なツールを開発しているが、それは一般的に理解可能な意味合いでの「知能」を構成してはいない、と。

「AI」という言葉は、過度に宣伝され、混乱を招いている言葉かもしれませんが、明確にするために、既にいくつかの取り組みが行われています。

最近行われたPwCの報告書では、「アシスト・インテリジェンス」、「拡張インテリジェンス」、また「自律インテリジェンス」を区別しています。アシスト・インテリジェンスは、現在車で普及しているGPSナビゲーション・プログラムによって実証されています。拡張インテリジェンスは、「人々や組織が、拡張インテリジェンスなしではできないこと、を行うこと」を可能にしています。自律インテリジェンスは、車の自動運転のような「単独で動作するマシン」を作り上げます。

ローマン・ヤンポルスキー氏は、AIにおける安全性の研究者で、『Artificial Superintelligence:A Futuristic Approach』という本の著者でもあります。私は、AIを規制しようとする議員にとって、幅広い定義があるAIは混乱をもたらすのではないかと彼に尋ねました。

ヤンポルスキー氏は次のように説明しました。

「インテリジェンス(人工もしくは人間の知能)は連続しているもので、その技術に関する潜在的な問題もまた連続しています。ある種の混乱を避けるために、私たちは一般に、人間の能力の全局面をいつか備えることになるAIのことを、人工総合知能(AGI)と呼んでいます。 それを超えると、超知能となるのです。現存、しばしばビジネスで使われるAIは、狭い領域のAIです。規制は常に難しい問題で、技術も例外ではありません。用語が問題なのではなく、現在の段階でさえも、そうしたシステムが複雑なことが問題なのです。」

ヤンポルスキー氏はAIによるシステムを恐れなければならないのかという質問に対して、「能力や機能は連続しているため、それぞれの段階に応じた問題もまた連続しています。」とコメントしました。彼は、既にAIを活用した製品による事故は報告されており、さらにテクノロジーが進化していくにつれて、その影響はプライバシーの問題や技術的変化によって引き起こされる雇用の損失を超えて広がっていく可能性があると述べました。また、AIによってもたらされる現実への影響についての懸念は、辞書的な意味をめぐる議論よりも優先されることになるでしょう。しかし、問題の本質は誠実さと欺瞞の対立でもあります。

流行語は全てバズってますか?

最後に、私は「AIバーチャルアシスタント」の販売を積極的に行っている企業に向けて質問をしました。ConversicaCMOであるカール・ランダーズ氏は、AIであるものとそうではないものについて多くの解釈があることを認めました。

「私のAIの定義は、ビジネス上の問題を解決してくれる技術革新です」と彼は述べています。「機械を人間のように思考させることができるか?」という論理的な話には全く興味がありません。これ自体は素晴らしい議論ではありますが、私は現実的なビジネスの問題を解決しようと試みています。

私はAIが宣伝を促し、顧客を引きつけるバスワードになっているのかどうか、彼に尋ねてみました。ランダーズ氏によると、「3年前には確かにその通りでしたが、そういった影響は既に衰え始めている」といいます。現在では多くの企業が商品の中にAIを組み込んでいると主張しているため、差別化要因としては弱くなっています。しかし、この言葉の裏には、特別な意味があります。ランダーズ氏は、以前は不可能だったものが、今は可能になったことを伝えたいと考えています。「以前は見たことも聞いたこともなかったものが、今はここにあるのです」と彼は述べました。

Encom Labの創設者であるブライアン・デッカー氏によると、機械学習アルゴリズムは、より良い理解をするという内発的な動機はなく、既存のプログラムを満たすために機能しています。そのため彼は、AIめぐる議論を意味論的なものだと考えています。

デッカー氏は次のように述べました。「マーケティング部門の責任者は、いつ外が暗くなるかを判断できることを根拠に、フォトダイオードで制御された外灯にはAIが組み込まれていると主張するでしょう。一方で、優れたハードウェアエンジニアは、既存のプログラムに従って直接指示しない限りは、コンピューティングの歴史の記録は1ビットも変化したためしはないと指摘するでしょう。」

特性や基礎的な意味について誰もが共通認識を持つことは重要ですが、AIを活用した製品は、そうした議論を超えて、すでに人間に直接的な価値を創出することで力を発揮しています。

そして結局のところ、人間は意味論的な区別よりも、価値の方を重視します。李開復氏は、Quartzとのインタビューの中で、アルゴリズムによる取引システムによって、彼が行っている銀行の資産運用と比べて8倍の利益を得ているという事実を明らかにしています。「私はもはや、人間とは取引をしません」と彼は述べました。

 

Image Credit: vrender / Shutterstock.com
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This article originally appeared on Singularity Hub, a publication of Singularity University.

この記事はSingularity Hubに掲載された記事を翻訳したものです。